それは僕が塾講師として活動を始めた ある小さな個別指導塾での出来事でした。
僕はある中学2年生の男の子を担当することになったのです。
その子はお世辞にも世間で言う「コミュニケーション」を取るのが上手いとは言えない子で、
常にもじもじしながらぶっきらぼうに話す、正直僕にとっては手のかかる子でした。
当時は僕も初めての経験で教える事に必死だったので、
『塾なのだからその時間内は目一杯教え込まないといけない』
と力んでいました。
指導時間が来るなり僕はホワイトボードに問題を書き出しては彼にすぐに解かせ、淡々と教えていたように思います。
でも。
彼は困った事にいっこうにやろうとしませんでした。
それどころか 問題を出すと突発的に
「わかりません」
と答えては、堂々と手遊びを開始していました。
蹴っ飛ばしたくなる気持ちをなんとか理性で抑え、
僕は聴く耳を持たない彼をよそ目に意地になって無理やり教え込んでいました。
もちろん、僕は日に日に苛立ちを覚えていました。
そんなある日のこと。
僕は室長先生との話で少し長引き、2,3分だけ遅れて指導部屋に入ったことがありました。
そっとドアを開けると、彼はそそくさと何かを隠そうとしていました。
彼は、
チョコレートを食べていたのです。
僕を見た彼は「やばい」という表情ですぐに下を向き始めていました。
彼もきっと普段 僕が彼に対してよい思いを抱いていない事は知っていたはずです。
その時の彼はきっとものすごい焦りを感じていたことでしょう。
ただ…
僕はどうも「普通」でした。
考えてみればわかるように大学生ではむしろそんな事は当然で、なにより僕自身も中学生の時に教室で先生に隠れてお菓子を食べるスリル感を楽しんでいました。
懐かしく、一方で微笑ましくも感じ、
僕はとっさにこう彼に言っていました。
「え。。。なんでしまうの?俺にも一個ちょうだいよ。」
彼は一時ポカンとしていましたが、段々と事態が飲み込めてきたようで、
そのうち照れくさそうに笑みを浮かべて チョコレートを2、3粒渡してきました。
1粒でないところが可愛く、なんだか彼が愛おしくなりました。
それから彼とはプライベートな話をしました。
僕の中学の頃の話や
「勉強めんどくせ~よな~」
といった話。
化学が好きで実験クラブに入っているんだという話。。等
僕が知ろうともしなかった事を彼は少しずつ話してくれました。
指導時間が残り20分くらいになった時でしょうか。
彼は僕にこう伝えてきました。
「先生、勉強やらなくていいんですか。」
僕は少し複雑な気持ちでした。
もちろんお金を頂いているのでやらないわけにはいきません。
でも、まだ彼との指導における嫌なイメージが残っていたし、なによりせっかく良い話ができているのだから。
答えに困り 少しの間黙っていると彼はこう伝えてきました。
「。。。今日、学校で数学で新しいところやったんですけど。全然わからなくて。
今日そこだけわかるようになりたいです。」
僕自身の教育スタイルが仮決めされた瞬間でした。
先生として誰かに何かを伝えたり、
自分が上の立場で何かを教えないといけない時。
僕が今 最も大切だと確信している事はこのたった一つだけです。
それが、まずなによりも優先して
人間関係を作る
ということ。
今のところ僕はこれ以外に効果的な方法を知りません。
僕達はきっと誰でも人に対して恐れや不安を持っていて、誰かと接する時には知らず知らずのうちに距離感を測っているのかなと思います。
ましてや人に何かを無条件に教わるというのは警戒をもって然るべきだと思うのです。
それにも関わらず、
どうも僕達は先生だから先輩だからという理由で関係を作ることなしに誰かに何かを強要してしまいがちなのかもしれません。
そんな状態では一時的に誰かに何かを教える事や伝える事が出来ても、本来誰しもが持っているはずの
「知りたい気持ち」
「自発性」
を引き出し、育む事はできないのかもしれません。
自発がないと何事も続かないし、きっと本当に望んでいるよりよい結果なんて期待できない気もします。
例えば、先生はしばしば初日にいきなり教卓に立っては生徒達とのコミュニケーションや距離感を測る前に、自らの都合で知識を伝えがちです。
でもきっと誰も聞いてくれないのかなとも思います。
それはきっと当時の僕と同じように。
確かに集団を相手にするには まだまだとっても難しいけれど、
一対一での関係性に持ち込めばそうした信頼感を育むのはそんなに難しいことではないのかもしれません。
勉強や仕事以外の時間をほんの少しだけ作っても良いと思います。
そこでは、
部活動や習い事、好きな友人・異性の話といったプライベートな会話をするでもよいし
あえてこちらの弱みを見せてあげることでもいいかもしれません。
その子にだけ何かを相談したりするのでもよいと思うのです。
大切な人を誤解なく応援できるコミュニケーションスキル(コーチング)を学んで活かすでもいいと思います。
きっとその時間にこそ相手との関係性を育める種が隠れていると思いますし、
それをきちんと掘り起こして大切に育てていけばいいのではないか。
僕は今のところそう感じています。
教えるのは後、伝えるのも後。
人間関係が先、共感が先。
僕が今も自身に言い聞かせている事。
何か参考になれば嬉しいです。
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